〜「安さで集めた店」が、安売りをやめてから最高益を更新し続けている理由〜
2026年6月、ミスタードーナツの新食感ドーナツ「もっちゅりん」が発売されました。
SNSでは売り切れの報告が相次ぎ、公式からは「想定を上回るお客様にご来店いただきました」として、第1弾商品の販売終了時期の前倒しと、当初予定していた第2弾商品の発売中止が発表されました。理由は、さらなる店舗の混雑が想定されるためとされています。
この「もっちゅりん」現象は、単発の話題ではありません。ミスタードーナツというブランドが2016年以降に果たしたV字回復の、いわば最新の到達点です。
かつて「100円セール」の店として親しまれたミスドは、2013年前後をピークに300店舗以上を閉鎖し、フードグループとして4期連続の営業赤字に陥るという危機を経験しました。そこから2016年、経営陣は100円セールの完全廃止という決断に踏み切ります。
なぜミスドは、集客の切り札だったはずの安売りを手放したのか。そして、その決断が、なぜ10年後の「もっちゅりん現象」につながったのか。その答えを、企業ヒストリーから読み解きます。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 運営会社 | 株式会社ダスキン(証券コード4665、東証プライム上場) |
| 設立 | 1963年2月4日(大阪府にて創業) |
| 本社 | 大阪府吹田市豊津町1番33号 |
| ミスタードーナツ事業 | フードグループの主力事業(ダスキンの直営店・FC店を運営) |
| 日本上陸 | 1971年(国内1号店オープン) |
| 店舗数 | 1,065店(2026年3月末現在、国内のみ) |
| キーワード | 1971年日本上陸→急成長→2013年前後に300店舗閉鎖・4期連続赤字→2016年100円セール完全廃止→コラボ商品戦略でV字回復→2026年「もっちゅりん」現象 |
| 規模感(参考) | 2025年3月期 全国チェーン店お客様売上高1,365億円(過去最大)/2026年3月期第3四半期372億円(過去最大) |
企業ヒストリー:安さ依存からV字回復までの軌跡
1971年:日本上陸と急成長。市場を制した「安さ」の力

ミスタードーナツはアメリカ発祥のドーナツチェーンです。ダスキンの創業者が渡米中にその味に感動し、日本での事業展開を決めたことがきっかけでした。1971年に国内1号店を出店し、そこから急速に店舗網を広げていきます。
当時、日本市場には同業のダンキンドーナツも進出しており、有力な競合として存在していました。しかしミスドの成長スピードの前に、ダンキンドーナツは1998年に日本市場からの撤退を余儀なくされます。興味深いのは、この構図が本国アメリカでは正反対になっている点です。
アメリカ国内ではミスタードーナツはわずか1店舗しか残っておらず、逆にダンキンドーナツは9,000店舗を超える規模を持っています。日本とアメリカで、まったく逆の勢力図が出来上がっているのです。
その後、2006年に日本1号店を出したクリスピー・クリーム・ドーナツや、コンビニのドーナツ販売といった新興勢力の台頭を受けながらも、ミスドは1,000店舗規模を維持する国内唯一のドーナツチェーンという立場を長く保ち続けました。
→ 「安さ」と定期的な100円セールによる集客力を軸に、市場を制した成長期。しかしこの成功体験こそが、のちの危機の伏線になります。
2013年前後:300店舗閉鎖、4期連続赤字という危機

全国チェーン店のお客様売上高は、2001年3月期に1,352億円というピークを記録しました。しかしそこから業績は下降線をたどり、2019年3月期には740億円まで、ピーク時のおよそ半分の規模まで縮んでしまいます。
この間、フードグループ全体としては2014年3月期から2017年3月期にかけて、4期連続で営業赤字を計上し、その累計額は24億円に達しました。店舗網も大きく縮小し、2013年ごろの店舗数と比べて300店舗を超える店が姿を消しています。
背景として指摘されているのは、長年親しまれてきた「100円セール」そのものが、いつの間にか顧客の中で「ドーナツ1個は100円が適正価格」という感覚を作り上げてしまい、セールのない通常価格での購入が「割高」に感じられるようになっていたという点です。
安さを武器にしていたはずの戦略が、いつしかブランド自身の足かせになっていました。
→ 「安く売ることで来店を作る」というモデルの限界が露呈した危機の時期。ここで経営陣は、大きな方向転換を迫られます。
2016年:「100円セール」完全廃止という覚悟の決断
2016年、ミスドは長年続けてきた100円セールを完全に廃止するという決断を下します。これは単純な価格改定ではなく、長い歴史の中で積み上げてきたブランドの立ち位置そのものを、経営陣が根本から見直した結果でした。
セールに慣れた顧客の一部が離れることは、ある程度想定されていたはずです。それでもなお、価格ではなく商品そのものの価値で選ばれる店へと軸足を移すことを選んだ点が、この決断の核心だと言えます。
→ 「安く売って集める」から「価値で選ばれる」への転換宣言。ここから、ミスドは新しい収益構造を模索していきます。
2017年〜:コラボ商品と定番強化による価値転換
100円セール廃止後、ミスドが力を入れたのが期間限定のコラボレーション商品です。祇園辻利、ピエール マルコリーニ、Toshi Yoroizuka、ポケモンなど、多彩なブランドとの共同開発商品を展開し、200円台という手に取りやすい価格ながら、通常のドーナツを上回る満足度を感じさせる商品づくりを進めていきました。
なかでも京都の老舗茶舗・祇園辻利とのコラボは2017年から8年連続で展開されており、期間限定という枠を超えて、すでに定番商品に近い存在へと定着しています。
東洋経済オンラインの取材によれば、コラボ商品は「定番6割・コラボ4割」という比率で売れており、コラボ商品を購入する客はほぼ必ず定番商品も一緒に購入するという相乗効果も生まれているといいます。
一方で、コラボ戦略の裏にはもう一つの軸として、定番商品そのものの見直しも続けられてきました。東洋経済オンラインの取材に対し、ダスキン ミスタードーナツ事業本部・企画開発本部の巖美里さんは「定番商品がいかに重要かを実感しています。
昔から定番商品がお客様に支持されているところが、ミスタードーナツの強みです」と語っています。実際、定番のドーナツ詰め合わせセットも「D-ポップ」から、好きな味を自由に選べる「ドーナツポップ」へと形を変えるなど、時代に合わせた微修正が重ねられてきました。
→ 「安さ」に代わる新しい来店理由を、コラボ商品と定番の両輪で作り直した回復期。この土台が、2020年代の業績回復を支えます。
2026年:「もっちゅりん」現象と、あえて止める判断

2026年6月3日、新食感ドーナツ「もっちゅりん」が発売されました。もちもちとした独自の食感と話題性から、発売直後からSNS上で売り切れの報告が相次ぐ人気商品となります。
同年6月30日、ダスキンは公式に「想定を上回るお客様にご来店いただきました」として、第1弾商品を7月中旬以降に順次終了し、当初予定していた第2弾商品の発売についても中止すると発表しました。さらなる店舗の混雑が見込まれることが、その理由として挙げられています。
→ 売れているにもかかわらず、あえて商機を止める。これは、10年前に「安さ」を手放した経営判断の延長線上にある、価値優先の姿勢の表れと見ることができます。
最大の転機
転機① 急成長と「安さ」への依存構造の確立(1971〜2013年頃)
課題
1971年の日本上陸後、いかに早く市場を広げ、ダンキンドーナツなどの競合に対して優位に立つかが課題でした。
決断
定期的な100円セールを軸とした低価格戦略により、集客力を最大化する方針を取りました。
結果
1,000店舗以上を展開する国内唯一のドーナツチェーンという地位を確立しました。ただし、2001年3月期の売上高1,352億円をピークに、その後は低価格依存のひずみが徐々に表面化していきます。
転機② 300店舗閉鎖と4期連続赤字という危機(2013〜2016年)
課題
「100円が適正価格」という感覚がブランドに刷り込まれ、通常価格での購買意欲が低下しました。全国チェーン店売上高はピークの約半分(740億円、2019年3月期)まで落ち込み、フードグループは4期連続で営業赤字(累計24億円)を計上しました。
決断
2016年、100円セールを完全に廃止しました。短期的な客離れのリスクを受け入れてでも、価格ではなく価値で選ばれるブランドへの転換に踏み切ったのです。
結果
一部客層の離反は避けられませんでしたが、これが後年のコラボ商品戦略・定番強化戦略の出発点となりました。
転機③ 100円セール廃止による価値転換(2016年〜)
課題
安売りをやめた後、何を新しい来店理由にするかが問われました。
決断
祇園辻利やポケモンなど他ブランドとのコラボレーション商品を継続的に展開し、同時に定番商品も時代に合わせて磨き続ける「両輪戦略」を採用しました。
結果
2025年3月期の全国チェーン店お客様売上高は1,365億円となり過去最大を記録しました。2026年には「もっちゅりん」が想定を上回る人気となり、あえて販売を絞る判断をするまでの状況が生まれています。
現在のビジネスモデル
① 定番ドーナツ(収益の土台)
長年支持されてきた定番商品群は、今も売上の中核を占めています。時代に合わせた微修正(D-ポップからドーナツポップへの進化など)を重ねながら、安定した収益基盤を維持しています。
② コラボレーション商品(価値の最大化)
祇園辻利、ピエール マルコリーニ、Toshi Yoroizuka、ポケモンなど、他ブランドとの共同開発による期間限定商品です。定番よりも高い単価でありながら、話題性と満足度の高さで購入を後押しし、定番商品との相乗購買も生み出しています。
③ 新食感・期間限定商品(体験価値の創出)
「もっちゅりん」のような、食感そのものを新しい体験として提示する商品群です。SNSでの話題化、希少性、期間限定という時間の制約が組み合わさることで、単なる価格以上の価値を作り出しています。
全体を貫くロジック
ミスタードーナツの現在のビジネスモデルの核心は、「安さで来店理由を作る」から「価値で来店理由を作る」への転換にあります。定番による安定と、コラボ・限定商品による話題性を組み合わせることで、価格に依存しない収益構造を実現しています。
強み:なぜミスドは安売りをやめても選ばれ続けるのか
国内ドーナツ市場でのシェア約9割という地位
ダイヤモンド編集部の取材によれば、ミスタードーナツは国内ドーナツ市場において約88%のシェアを持つとされています。クリスピー・クリーム・ドーナツやコンビニのドーナツ販売といった新興勢力の参入を受けながらも、この地位は大きく揺らいでいません。
50年以上のブランド蓄積と店舗網
1971年の日本上陸から50年以上にわたって積み上げてきたブランド認知と、1,065店(2026年3月末現在)という店舗網は、簡単には模倣できない資産です。
「定番×限定」の両輪による安定と話題性
定番商品による安定収益と、コラボ・新食感商品による話題性創出という両輪を、100円セール廃止後の10年かけて作り上げてきたことが、現在の強さの土台になっています。
まとめ:ミスタードーナツのV字回復は、安売りをやめる覚悟から始まった
ミスタードーナツの歩みは、安さという強力な集客装置を手にしながらも、その依存が生む危機に直面し、覚悟を持ってそれを手放すという決断の歴史でした。
2016年の100円セール廃止は、当時は逆風とも受け止められかねない決断だったはずです。しかし、そこから10年をかけて積み上げてきたコラボ商品と定番強化の両輪が、2026年の「もっちゅりん」現象という結実につながっています。
売れすぎてあえて販売を止めるという2026年の判断は、単なる話題づくりのためではありません。「安さで来た客」ではなく「価値のために来る客」を大切にするという、10年前に定めた方針の延長線上にある決断だと見ることができます。
※本記事は企業理解を目的とした情報提供コンテンツです。特定の銘柄の購入・売却を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いいたします。記載の数値・情報は公開情報をもとに作成していますが、最新情報はダスキン(証券コード4665)の公式IR・有価証券報告書でご確認ください。

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