〜書店数が20年で半減する市場で、一人勝ちする会社の秘密〜
「紀伊国屋書店」という名前を聞いて、どんなイメージを持つでしょうか。
新宿の大型書店、学校の近くにあった本屋、旅先で立ち寄った店。人によってさまざまだと思いますが、多くの人にとって「昔からある本屋さん」という印象があるのではないでしょうか。
ところが今、この「昔からある本屋さん」が、出版業界の常識をひっくり返すような業績を叩き出しています。
2025年8月期の決算では売上高1,407億円、純利益47億円。3期連続で過去最高益を更新しました。しかも、国内の書店数がここ20年で約半分(2万880店→1万417店)にまで激減している時代にです。
「本が売れない時代なのに、なぜ紀伊国屋だけが伸びているのか」
この疑問への答えは、この会社の約100年の歩みの中に隠れています。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 会社名 | 株式会社紀伊國屋書店 |
| 創業 | 1927年1月22日(田辺茂一が新宿にて創業) |
| 法人設立 | 1946年1月16日 |
| 登記上本店 | 東京都新宿区新宿三丁目17番7号(新宿本店) |
| 本社事務所 | 東京都目黒区下目黒 |
| 何で稼ぐ会社? | 書籍・雑誌の小売(国内・海外店舗)、法人向け書籍・データベース販売(外商)、大学図書館の運営受託 |
| 代表的な存在 | 新宿本店、紀伊國屋ホール(劇場)、海外48店舗(米国中心) |
| キーワード | 炭問屋の傍らの小さな書店(1927年)→「文化の発信基地」という独自路線→海外進出(1969年)→マンガ・アニメ需要で海外急成長→3期連続過去最高益(2025年) |
| 売上規模(参考) | 売上高1,407億円・純利益47億円(2025年8月期・3期連続過去最高更新) |
企業ヒストリー:約100年の歩み
1927年:炭問屋の息子が、21歳で本屋を始めた日

紀伊国屋書店の始まりは、書店業界とはまったく無縁の場所からです。
田辺茂一の家は、代々新宿で炭を売る炭問屋でした。田辺は10歳のとき、父親に連れられた書店で洋書と出会い、「いつか本屋をやりたい」という夢を抱きます。そして1927年1月22日、21歳の田辺は新宿三丁目の現在の本店がある場所に、わずか38坪・従業員5名の書店を開業しました。
最初から、この書店は「普通の本屋」ではありませんでした。創業当初から2階にギャラリーを設け、文芸同人誌を発行し、作家や文化人たちのサロンとして機能させていた。
「本を売る店」ではなく「そこに行けば何かがある場所」
これが田辺の創業から一貫したコンセプトでした。
1945年5月、戦災により店舗を焼失。廃業も考えた田辺を励ましたのは、将棋仲間だった角川書店創業者・角川源義でした。戦後いち早く焼け跡に店を再開し、1946年に法人化します。
→ 「本を売る」のではなく「文化を作る」という創業の思想が、のちの圧倒的な独自路線の原点になりました。
1950〜1964年:「大番頭」松原治との出会い、そして新宿に「文化の殿堂」が生まれた日
1950年、松原治という人物が入社します。田辺が「夜の市長」と呼ばれるほど飲み歩き経営に関与しない一方、松原は会社の実務を一手に引き受け、事業を急拡大させました。「破天荒な創業者」と「切れ者の番頭」。この二人の役割分担が、紀伊国屋書店の急成長を支えます。
そして1964年、建築家・前川國男の設計による地上9階・地下2階の紀伊國屋ビルが完成します。当時の書店の適正規模とされていた「20〜30坪」を大きく超える480坪の売り場に加え、劇場「紀伊國屋ホール」と画廊を併設するという、世界でも類を見ない書店が誕生しました。
「劇場のある本屋」。このコンセプトは、後に「新劇の甲子園」と呼ばれる演劇の聖地を生み出し、つかこうへい、野田秀樹、三谷幸喜といった劇作家たちを世に送り出すことになります。1966年には紀伊國屋演劇賞も創設されました。
→ ビルの建設は「本屋が大きくなった」のではなく「文化の複合施設を作った」という宣言でした。
1969年:日本の書店として初めて、海外に出店した日
1969年2月、紀伊国屋書店はサンフランシスコに海外1号店を開きます。日本の書店として初めての海外出店でした。
当時の主な目的は、海外に住む日本人に日本語の本を届けることでした。しかしこの「在外日本人向け」という出発点が、のちに大きく変容します。
海外での経験を積み重ねるうちに、紀伊国屋は気づきます。「現地の人々が、日本のマンガ・アニメ・文化に強い関心を持っている」という事実に。この気づきが、50年以上後の「AI・コロナ後の時代」に爆発的な成果をもたらすことになります。
→ 「在外日本人向け」という小さな出発点が、半世紀後に海外事業の主役を変えることになりました。
2000年代〜:出版不況が深刻化する中で、静かに布石を打った
2000年代以降、日本の出版市場は長期低落傾向に入ります。インターネットと電子書籍の普及、Amazonの台頭、そして若者の活字離れ。書店数はピークの2万880店(2003年)から20年間で約半分に減少し続けます。
この波の中で、紀伊国屋書店は2つの布石を打っていました。
一つ目は法人外商事業の強化です。大学・企業・図書館向けに書籍や学術データベースを販売する「外商」部門を着実に育て、一般消費者向けの店舗販売とは別の収益の柱を作りました。2004年からは大学図書館業務の全面受託を開始し、B2B(企業・機関向け)の収益基盤を固めていきます。
二つ目は海外事業への継続的な投資です。多くの国内書店が縮小・撤退する中、紀伊国屋書店は米国・東南アジアへの出店を続けました。
→ 「本屋」の稼ぎ方を、消費者向け一本から多角化していた。この転換が、後の業績回復の基盤になりました。
最大の転機

転機① 海外でのマンガ・アニメブームという「想定外の追い風」(2010年代〜)
課題
国内の出版市場が縮小し続ける中、海外事業の主力はあくまで「在外日本人への日本語書籍販売」でした。それだけでは事業規模の拡大には限界がありました。
決断
紀伊国屋書店は、米国・東南アジアの店舗でマンガ・アニメ関連商品(書籍・グッズ)を積極的に取り扱う方向に舵を切りました。2013年には文房具・雑貨を扱うエヌ・ビー・シー(NBC)を子会社化し、キャラクターグッズの海外販売力を強化します。
公式データによると、現在のサンフランシスコ店では書籍と非書籍の比率がほぼ5対5で、客層の9割以上がアメリカ人となっています。「在外日本人向け」という出発点から、完全に主役が入れ替わっていました。
結果
アメリカのマンガ市場は2025年から2030年にかけて年平均24%という高成長が予測されており、紀伊国屋書店はその波を最前線で受け止める立場に立ちました。2025年8月期時点で、売上全体の約25%を海外事業が占めるまでに成長。米国を中心に海外48店舗を展開しています。「日本語の本を在外日本人に届ける書店」から「マンガ・日本文化を世界に届ける書店」へ、海外事業の主役が静かに入れ替わっていました。
転機② 取次(問屋)依存からの脱却と「流通改革」(2023年〜)
課題
日本の書店業界には独特の商習慣があります。書店は「取次(問屋)」を通じて出版社から本を仕入れ、売れなければ返品できる「委託販売制度」が長年続いてきました。この仕組みは書店にとってリスクが低い反面、取次を挟む分だけ利益が削られるという構造的な問題がありました。
決断
2023年10月、紀伊国屋書店はカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)、日本出版販売と共同出資で「ブックセラーズ&カンパニー」を設立。出版社と書店が直接取引できる仕組みを作り、取次依存からの脱却を進めています。一方で「買い切り仕入れ」(売れない場合でも返品できない代わりに、大量に仕入れてより高い利益率を確保する方式)にも積極的に取り組んでいます。
結果
在庫リスクを取ることで利益率が改善し、かつ全国に広がる店舗ネットワークが在庫の融通を可能にするため、リスク分散が図れています。国内書店事業の営業利益率改善に貢献しており、3期連続最高益の一因になっています。
現在のビジネスモデル
紀伊国屋書店の稼ぎ方は、一見「本屋」に見えますが、実は3つの異なる収益源で成り立っています。
① 国内書店(基盤の柱)
全国の店舗での書籍・雑誌販売です。旭屋書店・東京旭屋書店の完全子会社化(2024年12月)などによるネットワーク拡大と、取次依存からの脱却による利益率改善で、2025年8月期は既存店売上がプラスに転じました。書店の「行きたい場所」としての体験価値、個性的なスタッフによる選書、イベント・サイン会の開催を重視した差別化で、Amazonとの真正面衝突を避けています。
② 海外事業(成長の柱)
米国・東南アジアを中心に10カ国48店舗(直営・FC合計)を展開。マンガ・アニメ・日本文化グッズの販売が成長を牽引しており、売上全体の約25%を占めます。海外での日本コンテンツ需要の構造的な高まりを背景に、「グローバルに展開する書店チェーンは他にない」という独自のポジションを確立しています。
③ 法人外商・図書館受託(安定の柱)
大学・企業・図書館向けに書籍や学術データベースを提供するB2B事業です。全国およそ200の機関で大学図書館を中心とした図書館業務のアウトソーシングも手掛けており、書店の小売事業とは性質が異なる安定した収益源です。出版市況に左右されにくい点が強みです。
全体を貫くロジック
紀伊国屋書店の強さは「本屋」という枠を超えた多角的な収益構造にあります。消費者向け国内書店・海外書店・法人向け外商という3つの柱がそれぞれ別の市場で稼ぎ、かつ国内不況を海外成長でカバーするという構造が、「出版不況なのに最高益」という一見矛盾した業績を生み出しています。
強み:なぜ他社に真似されにくいのか
約100年分のブランドと信頼
「紀伊国屋」という名前自体が書店業界における最高ブランドです。1927年から積み上げてきた信頼は、新興の書店チェーンが短期間で構築できるものではありません。創業100周年(2027年1月)を目前に、そのブランド価値はむしろ高まっています。
グローバルに展開する書店チェーンという唯一のポジション
書店として世界10カ国に出店しているのは、グローバルで見ても紀伊国屋書店だけです。マンガ・日本文化の海外需要が高まる中、この先行者利益は決定的な強みです。
法人外商・図書館受託という「見えない収益」
一般消費者には見えにくいB2B事業が安定した収益を生み出しており、書店小売だけに依存しない収益構造になっています。全国約200機関での大学図書館受託運営は、長期契約の安定収益です。
スタッフの個性と選書力
「キノベス!」(スタッフが選ぶ年間ベスト10)に代表される独自の選書文化は、Amazonのアルゴリズムには真似できない「人による本との出会い」を提供しています。現場への権限移譲がこの文化を支えています。
紀伊國屋ホールという「書店を超えた存在感」
劇場・ギャラリーを持つ書店として、単なる本の販売を超えた文化的な存在感があります。「書店が文化の発信基地である」という創業以来の理念の体現であり、他の書店チェーンとは根本的に異なる位置付けを与えています。
まとめ:「本が売れなくなった時代に、本屋は『本を売るだけの場所』をやめることで生き残った。」
紀伊国屋書店が出版不況の中で最高益を更新し続けている理由は、一言で言えば「本屋という枠を超えた多角化」にあります。海外でマンガを売り、大学に学術データベースを提供し、図書館の運営を受託する。どれも「本屋らしくない」事業ですが、それが今や収益の主役になっています。
しかしその根底には、創業者・田辺茂一が1927年に書いた「そこに行けば何かがある」という一言があります。
「書店とは単に本を売る場所ではなく、人々が集い、文化が生まれる場所だ」
この100年前の思想が、マンガで世界を動かし、劇場で才能を育て、デジタル時代にも「リアルな場所」の価値を守り続けている原動力になっているのです。
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